��国神社に英霊が祀られていることについて、「人を神として祀ることに違和感がある」といった言い方が一部でされるように、��国神社では「人を神として祭っている」との理解が、今日の日本社会に広がっている。 しかしながらこうした理解は正しいのだろうか。また��国神社側は、このことをどのように説いているのだろうか。こうしたことは、これまで殆ど検討されてこなかったようである。
　そこで当論文では、靖国神社祭神へのこうした一部の祭神観が正しいものなのか、またそれが元来の��国神社創建の祭神観と同じなのか検討することにしたい。

（1）複数の祭神観

　 今日の 日本社会で流布している��国神社祭神の理解は、「靖国神社では戦争で亡くなった人の霊を 神としてお祭りしている」という理解であろう。 大江志乃夫は著書『靖国神社』（1）の中で、端的に「戦没者を神として祀った神社である」としている。

　　靖国神社が政府にとって重い存在であるのは、この神社が近代日本つまり明治維新前後以来の戦没
　　者 − といっても内乱で賊軍とされた者や、すでに例にあげたような戦争犠牲者は含まれない− を
　　神として祀(まつ)った神社あるからである。

　村上重良（2）も大江と同じ理解である。

　　戦没者は、天皇のために死ぬことによって、生前の所行の是非是悪とは完全に無関係に、神として
　　祀られ、国家は国民にたいして、この神々を礼拝することを強制した。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（『国家神道』一八七頁）

　大江・村上両氏は共に、戦没者が��国神社に神として祀られる資格として、「天皇の為に戦って戦死した」という資格を挙げ、その資格を得た結果として、「戦没者が��国神社に神として祀られる」という理解を導いている
　また、インターネットの百科事典的存在であるウィキペディアの「靖国神社　御祭神」では次のような説明がなされている。
　　靖国本殿に祀られている祭神は戦没者、英霊である。神話に登場する神や天皇などではない。
　　2004年10月17日現在、計246万6532柱（はしら）が祀られている。当初は祭神は「忠霊」・「忠魂」と称されていたが、 日露戦争（1904-05年）後に新たに「英霊」と称されるようになった。この語は直接的には幕末 の藤田東湖の漢詩「文天祥の正気の歌に和す」の「英霊いまだかつて泯（ほろ）びず、とこしえに天地の間にあり」の句が志士に愛唱されていたことに由来する。

　このウィキペディアの説明に、人が「神として祀られている」といった表記はないが、「英霊」と称される「霊」が祀られていると表現されている。しかし「英霊」との表現であろうとも、「霊」が祀られていると表記されていることは、村上・大江と同様な理解と思われる。
　この戦没者や戦死者の「霊」が��国神社には祀られているといった村上・大江・ウィキペディアの理解は、島薗進（3）の次のような理解にも繋がっている。

　　靖国神社は幕末の尊皇運動での「殉難志士」を弔うための招魂祭や楠木正成を祀る南公社の建設運
　　動 から発展して形成されたものである。招魂祭は天皇のために戦って死んだ者を神道形式で慰霊
　　するもので、一八六四年には下関に招魂場ができていた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 （『国家神道と日本人』）

　 島薗の理解には、「神道形式で祀る」と文言が加わっていて、大江・村上氏に較べて、いくぶん宗教的側面に配慮した説明ではある。

　 戦没者の霊が神となるといった理解は、平成二十二年十二月二十一日に出された「霊璽簿からの氏名 抹消等請求控訴事件」の判決文に記された大阪高等裁判所の次のようなき見解（4）にも見いだされる。
　　 （１）合祀の性質
　　被控訴人靖國神社において、合祀は「氏名等」と霊璽簿に記載し、合祀決定を遺族に通知した上、
　　霊璽奉安祭により霊璽簿を本殿内に祀って、合祀祭を挙行するというもので、これにより戦没者の
　　霊は{祭神」となり、奉慰される「みたま」になるとされている。
　
　以上、四例の��国神社祭神の理解を紹介したが、こうした理解が現代日本社会に広まっている��国神社祭神観といえるものではないだろうか。しかしながらこれらの祭神理解は、��国神社側の説明とは随分と違っているものなのである。

　　 　（2）��国神社側の祭神観
　��国神社ホームページの「��国神社の由緒」では次のように説明されている。
　　 ��国神社には現在、幕末の嘉永6年（1853）以降、明治維新、戊辰の役（戦争）、西南の役（戦争
　　）、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安
　　かれ 」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分
　　や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊（靖国の大神）として斉しくお祀りされ
　　ています。

　��国神社では、「神霊が、尊い神霊としてお祀りされている」と解説されていて、現代日本の社会に広まっているような、人の「霊」を祀っているとはしていないのである。
　ことば一つの些細な違いと思われるであろうが、実はこの違いは重要な違いなのである。なぜなら、人の「神霊」が祀られているというのと、人の「霊」が祀られているというのとでは、神道信仰に於ける宗教性という点で、本質的な違いがあるとされなければならない為である。

　実は、近世及び近代の神道信仰に於いては、人の「霊」と、人の「神霊」とは区別されなければならない事なのである。特にこの区別の認識が必要になるのは、近世以降の神道からである。即ち、近世に入ると、神道に新たな神霊観が発生したのである。その神霊観とは、「人が死して遺骸を離れる霊は、人の神霊であり、その神霊は神の「神霊」と同じであるとするという信仰である。近世神道信仰に生まれた、この特別な信仰を元として靖国神社が創建されたのであった（5）。したがって近世神道に発生した、人の死後に於ける神道のこの霊魂観を知らなければ、人の「神霊」を祀るという靖国神社側の説明は理解できないものとなるのである。

　 　　（3）神道に於ける死後の霊魂観
　神道に於ける死者の霊に対する信仰の変化が具体的に看取できるのは、葬祭や弔祭からである。その葬祭と弔祭であるが、奈良時代以降の神道は葬祭に関与せず、仏教が葬祭を担ったために、古来の葬祭は断絶して後世に伝えられなかったのである。こうしたことから仏式以外の日本古来の葬祭や弔祭を知ることができないのである。神道の葬祭が整備され始めたのは、中世室町時代に成立した吉田神道（6）になってからであった。
　仏教が庶民に至まで広がった平安時代以前にも死者はいたのであるから、そのころまでは日本の在来の葬方があったと考えられる。また死後に人を祀るといった風習が古代にあったことは、奈良時代に官吏の手本といわれ、筑後国の国司在任中に様々な施策を行って農民に感謝された道君主名が、死後に農民から祠に祀られたとの『続日本紀』に記載されることから窺える。
　　故言　二吏事一者。咸以為二稱首一。及 レ卒百姓祠 レ之。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（『続日本紀』養老二年四月十一日条）
　しかしどのようにして道君主名を祀ったのかといった具体的事柄や信仰は伝えられていない。
　吉田神道に於いて神道葬祭の教理が確立され、その教理に則った神道葬祭が神職の間で行われるようになったのは近世の江戸時代に入ってからのことであり、そうした神道葬祭が国学者などに知られ議論されるようになるのは、江戸時代後期といえる。例えば、死者の霊を「神霊」とする明確な記述が見えるのは、慶長十五年（一六一０）に没した吉田兼見が著した『唯一神道葬祭次第』（7）である。

　　葬祭
　　　阿奈(（あな）)某神霊安鎮志玉布
　　霊祭祝詞
　　　掛巻茂畏喜　先祖神霊　高天原乃本津宮仁
　　　帰鎮坐天　興玉殿乎共仁之天
　　神霊祭
　　　諸々神霊・・泉津平坂乃坂路乎超天日少宮仁到利賜陪止（口伝）宣奉留事乎
　しかしこうした神道葬祭の考えは、当初は神職といった狭い世界に限定されたもので、神道葬祭が神職だけではなく一般人が行っても何の咎められることではないとも説かれるのは、江戸時代中期の安永八年（一七七九）七月から十一月に至る期間に述作されたとされ、吉田神道の全体像を三十数項目に類別して、問答体で記した『神業類要』（8）になると明確になってくる。
　　儒門ハ、儒法の葬祭あるへし、佛氏ハ佛法の葬祭あるへし、我国は神国にして、道ハ即ち神道なれ
　　は、諸神社に奉仕する神職たるものハ勿論、たとひ神職の輩にあらずといへとも、神祇道の法令を
　　守り、その終を送る神法に随ふ事を何そ咎め給ふへき、その宗旨を定め、僧侶の所役と定られたる
　　も、邪法の類族に混すへからさるの制を建られたるものなれば、我国神道の法を以て行ふことをさ
　　みせらるゝことハあるまじき也、
　したがって死者の霊を「神霊」とする信仰思想が平田篤胤や岡熊臣以降の国学者や、後期水戸学で盛んに論じられ、広く一般の人々にも浸透していくのは、江戸時代後期といえるのである（9）。したがって「死した人の神霊を祀る」という信仰も、それが成立してくるのは江戸時代後期といえるのである。
　

　　（4）人を神社に祀る風習
　古代から近世前期まで、死後に人が神社に祀られるのは、特別な一部の人々に対して行われたことであった。日本史上で最初に祀られたのは、奈良時代の宇佐八幡宮に祀られた応神天皇である。或いは香椎宮に祀られた神宮皇后である。また前述したように、奈良時代に筑後国で優れた施策を行った国司道君主名が、死後に祠に祀られた（国司道君主名の例は、天皇や皇后といった特別位の高い人ではないという意味で重要である）。しかし平安時代からは御霊信仰によって、特殊な死に方をした人や、恨みを残して死した人などを神に祭る信仰が広がった。その代表的例が天満宮に祀られた菅原道真である。また近世前後では豊臣秀吉や徳川家康といった人も神社に祀られた。更に村人の為に命を落とした人を祀った多くの義人神社も創建されている（10）。
　こうした事例からすると、生前に功績をあげた人などを神社に祀るという風習は、古代から近世まで続いていたといえる。更にいえば、それは近代までも続いていたのである。明治神宮（大正九年創建）、乃木神社（大正十二年創建）、東郷神社（昭和十五年創建）などがそうである。こうした神社は、その人を神の如き功績を残した故に神社に祀った信仰と考えられる。
　しかしながらこうした信仰と、生前に特別大きな功績を残さずとも、兵士として戦死したなら一律にその人達の神霊を神社に祀る招魂社信仰は異なる信仰とされなければならないと思われる。そうした招魂社信仰の特徴は、既に拙論で論じたので、ここでの再論はしない。そこで次に��国神社では、「人」の人霊・神霊をどのように区別していたのか、その点を検討することにしたい。

　（5）��国神社祭祀の起原
　��国神社の祭祀は、当初は神職であった駿州の赤心隊や遠江の報国隊によって執行されていたのであるが、その赤心隊・報国隊ともに平田派国学を信奉していた。明治元年六月二日に江戸城西丸大広間で行われた招魂祭に於いて祭主を務めたのは報国隊の大久保初太郎とされている。この江戸城西丸大広間招魂祭が明治政府の行った招魂祭の最初であり、それが東京招魂社の招魂祭祀へと結実していくとされ、この招魂祭が靖国祭祀の原型となったと考えられている。江戸城西丸大広間招魂祭に招魂されたのは、戦死者の「霊」ではなく、戦死者の「神霊」であったことは『靖国百年史　資料編上』（11）（5頁）の記載に窺うことができる。
　この招魂祭での「招魂祭次第」は、次のように執り行われている。
　　次　副主置神璽、建神籬
　　　其儀、副主置神璽於霊床、立榊小枝數本　原註、挿神苧
　　次　招魂詞
　　　其儀、祭主進霊床前、微音唱招魂詞、畢て後取以笏撃節兩段
　即ち、祭場の霊床には霊を憑依させる璽が置かれるのであるが、其れを「神璽」と称している。つまり招魂されるのは神霊ということになる。
　江戸城大広間での招魂祭は、文久二年十二月に京都霊山の霊明社で行われた招魂祭の系譜を持つ招魂祭であったと思われる。

　幕末に国難に殉じた者の霊を弔う祭典は、文久二年（一八六二）十二月二十四日に、京都東山の霊明舎に諸国からの志士六十六名が参集して行われた弔祭（12）であるが、この最初の招魂祭を執行したのは津和野藩士の福羽美静だった。更に福羽は、翌年文久三年七月には祇園社にそうした殉難者四十六柱を祀る小祠を建てたのであった。
　文久二年の霊明舎での招魂祭の祝詞には「今日乃生日乃足日爾同志人々乎集会弖先為霊祭米霊魂爾此由乎母申告左米止弖斯物為爾古曾請忠義諸君乃和魂荒魂知毛不知毛無洩事無脱事此祭庭爾駆天来會坐互」とあるように、未だ「神霊」とは言い表していないのであるが、文久三年の祇園社境内の小祠鎮祭の祝詞では「三條贈右大臣実萬公神霊　水戸贈大納言斉昭公神霊乎始止志」とあるように、「神霊」と表記している。

　祠に祭るのであるから神霊と表記したといえばいえるのであるが、それ以上に文久二年の招魂祭よりも進展した人の死後の霊魂観が窺えるといえるのではないだろうか。
　死した人の「神霊」を招魂して社殿に祀るという文久三年の祇園社境内の小祠は、元治元年（一八六四）から慶応元年（一八六五）にかけて創建された桜山招魂社に始まる長州藩の多数（明治維新までに十六社）の招魂社祭祀と同じものといえる。長州藩では、社殿が建てられる前の招魂場の段階から霊標に祀った戦死者の霊は神霊として考えていたからである（13）。
　元治元年同年九月二日に招魂場に霊を祀り、祭祀を行なう長州藩のは決定には次のようにある。
　　二日　去年以来馬関攘夷の挙に戦死せし者の霊を招魂場に祀り、神霊の式を行んとす、
　　　　　奇兵隊鷹懲隊に命し、諸隊の死者を調査して具上せしむ
　　　　　　　　　　　　　　　　　（『忠正公一代編年史』元治元年九月二日条（14））

　また、慶応二年（一八六六）七月七日には、四境戦争小倉口の戦いの初戦に於ける戦死者七名を桜山招魂場に祭ったことを記した、白石正一郎の日記にも「神霊」と明確に記されている。
　　七日 今日招魂場ニて、六月十七日七月三日小倉攻戦死の銘々七人の神霊を祭るニ付、隊中より凡
　　そ百五六十人出張、本陣の部、惣管始山県、福田、片野、時山など入来、昼一酌して暫時休足、
　　夕方より各帰省、丙寅丸より河野来ル、石田鼎も来ル、夜ニ入高杉関より帰竹、招魂場今日の献
　　供ハ略式ニして、正ゆや文三へ相頼也 　　　　　　　　　　　　　　『白石正一郎日記』（15））
　京都や長州藩でのこうした招魂祭祀が、江戸城西丸大広間招魂祭の先例となり、また後の��国神社の招魂祭祀に踏襲されていったといえるものであろう。

（6）��国神社に於ける祭神観の変化
　��国神社は、伏見鳥羽の役から函館の役に至る戦死者三千五百八十八柱を祀る「招魂社」として明治二年に創建されたのであるが、その��国神社の祭神観は、幕末の招魂祭や招魂社の祭神観である「戦死者の神霊を招魂して祀る」をそのまま受け継いでいた。このことは��国神社境内にある招魂場を解説した、��国神社第三代宮司賀茂百樹が編纂した『��國神社誌』（16）（明治四十四年刊行）七十九頁「招魂場」の記述から知ることができる。
　　招魂場とは、神霊を正殿に鎮祭するに先立ち予め招き奉る斎庭の名なり。明治二年六月納當社創立
　　の際には別に斎場を設けず直ちに新殿に招斎し、七年八月二回○二年六月の鎮祭を第一回とするが
　　故に今回を以て第二回とす合祀祭に至り始めて斎場設立の制をさだめられ。以来該祭執行の都度必
　　ず取設けられたるものにして

　即ち、招魂場は明治七年に、新た新祭神を本殿に鎮祭するに先立って、その新祭神の神霊を予め招き奉っておく斎場として神社境内に設けられたと解説されている。
　この解説で重要な点は、��国神社の招魂場に招祭されるのが新祭神の「神霊」と記されている点である。招魂場に招魂された時点で既に「神霊」であることは、同書の「合祀祭附招魂式」に更に詳しく述べられている。
　　招魂式とは、先づ招魂場に祭壇を設け、左右に幄舎を構へ、正面に鳥居を建て。其両側に、五色絹
　　を附せる真榊を植ゑ、庭燎を焼、陸海軍将校各省総代軍隊警固の裡に宮司禰宜以下を率いゐて神霊
　　を招祭し、幣帛及神饌を供し。○多くは午後十一時、又は午前一時を以て行ひたりしが、近年は午
　　後八時之と行ふ、招魂場の項参照訖りて行伍を作り。其の招祭せる神霊を、本殿に遷し、鎮祭する
　　を云ふ。而して其翌日臨時の祭典を行ふ。これを合祀祭と称す。

　即ち、今日考えられている「戦死者の人霊が招魂されて神として祀られる」のではなく、「招魂された戦死者の神霊が祀られる」のである。
　『��國神社史』は、賀茂百樹が編纂・刊行したのであるが、賀茂百樹の宮司在任期間は明治四十二年《一九０九》〜昭和十三年《一九三八》）の約三十年間である。したがって、こうした祭神観は賀茂百樹が宮司であった時までは、��国神社の公式の祭神観であったと考えられる。

　ところがこの祭神観に変化が現れるのである。それは賀茂百樹の後任宮司となった第四代宮司鈴木孝雄（在任期間＝昭和十三年四《一九三八》〜昭和二十一年《一九四六》）からである。鈴木孝雄は、宮司就任の三年後の昭和十六年十月に、陸軍将校準士官の機関誌で「部外秘」とされていた『偕行社記事』（第八百五號）（17）に「��国神社に就いて」という文を寄せている。「��国神社に就いて」の「五　招魂」で、鈴木宮司は次のように述べるのである。
　　此の招魂場に於けるところのお祭は、人霊を其処にお招きする。此の時は人の霊であります。一旦
　　此処で合祀の報告祭を行います。そうして正殿にお祀りになると、そこで始めて神霊になるのであ
　　ります。之はよく考えておきませんといふと、殊に遺族の方は、其のことを考へませんと、何時ま
　　で自分の息子といふ考へがあっては不可ない。自分の息子ぢやない、神様だといふような考へをも
　　つて戴かなければならぬのですが、人霊も神霊も余り区別しないといふような考へ方が、いろいろ
　　の精神方面に間違つた現れ方をしてくるのではないかと思うのです。

　即ち、招魂場には「神霊」ではなく「人霊」が招魂されるとし、その人霊が本殿に祀られることによって神霊になると説いているのである。この理解は、『��國神社史』に述べられた賀茂百樹宮司の理解とは明らかに違った説明とされるものであろう。また鈴木宮司は、遺族にとっての祭神に対する心理も、「九　拝神の心得」で次のように説明している。
　　遺族の心理状態を考へますといふと、どうも自分の一族が神になつてゐる。始終国をお護りしてゐ
　　るんだといふ考へは勿論持つてをられるに相違ありませんが、一方に親しみといふ点が加はるもの
　　ですから、何となく神様の前の拝礼あたりも敬神といふやうな点に欠けているゐることがまゝ見ら
　　れるのであります。

　この遺族心理の理解から、��国神社に祀られたのが戦死者の神霊であるという認識が、当時の遺族の側にもなかったことが窺われる。

　以上の比較から、今日一般に知られている「靖国神社では戦死者した人の霊を神としてお祭りしている」との��国神社理解は、鈴木孝雄が宮司となった昭和十三年以降に��国神社側からもいわれるようになった理解ではないかと考えられる。そして当時の遺族の方にも、神霊が祀られているとの意識が薄くなっていたと考えられるのである。
　勿論こうした鈴木宮司の考え方には、軍部の考え方が反映されていたことは云うまでもないと思われる。この時期には、国民の間にそうした理解を広めようとしていたいた人がいたことは、昭和十五年六月に発行された青木大悟『軍事援護の理論と實際』の次の記載から窺うことができる。
　　國家は英靈を神として��国神社に合祀し、定期又は臨時に大祭を執行し、畏くも天皇陛下の御親拝
　　を忝うしている。臣下として神に祀られ御親拝の榮を賜はる。之に過ぎたる榮誉と恩典はないであ
　　ろう。國民は、��国神社を崇敬し、日夜社頭に參拝して、欽仰措かざるところである。
　　　　　　　　　（『軍事援護の理論と實際』(18)二八四頁。第十章　「二　戦歿軍人の處遇」）

　青木大悟は内務官僚出であったようであるが、「戦死者が神に祀られている」といった��国神社祭神観がこうした書物に語られ、また��国神社自体が、少なくもと昭和十五・六年にはそうした祭神観をとるようになっていたことがこうした史料から知られる。
　このような時期に形成された��國神社理解が、神道をよく知らない他の宗教信仰者の人々などによって、「人は神になれない」といった靖国神社批判として発言され、それが報道等に取り上げられたことにより、��国神社では「人を神として祭っている」との理解が日本社会に定着していったのではないだろうか。