第1回講座

項目
1、神道は諸宗教の一つです 8、神道は宗教法人法で包摂しきれない
2、神道は民俗宗教の一つ 9、宗教法人法にそぐわない神道
3、 テレビに良く出てくる神 10、宗教法人法を超越している神道
4、道の神々は身近な神々 11、宗教法人法は教育基本法と同じ発想
5、日本の神々を少し忘れかけた日本人
12、神道の神は日本人の背丈に合った神
6、 神道は宗教です 13、神の国の実態
7、 法律上の神道とは 14、近代神国思想の弊害

1、神道は、諸宗教の一つです
 日本に生まれ、日本だけに広まった宗教です。ですから民族宗教といわれています。世界中に広まって、多数の民族で信仰されているキリスト教やイスラム教、仏教といった世界宗教とよばれる世界宗教とは、神に関しての考え方が全然違います。また神道は、同じ民族宗教であるヒンズー教ーやユダヤ教などとも神観念や教義や祭などの様々な面で異いを持っています

2、神道は民族宗教の一つ

  神社は、この日本の風土の中から発生し、日本民族の信仰形態に沿って展開してきた神道施設で、寺(仏教)ではありません。要するに神道の神は神社に祭られているのです。
 神道は、ヨーロッパ・中東・インドなどの風土や民族の中で成立し発展してきた
世界宗教とは同じ土俵では論じられません。

ヒンズー教のような民族宗教の一派として理解することが肝要です。

3、テレビに良く出てくる神

  現代の我々は、テレビ等のマスコミからニュースとして紹介される、キリスト教やイスラム教の神々のことが印象に残ります。
しかし、神道の神は神社の扉の奥深く、或いは御輿の
中にいて、ちっとも目に見えません。日本の神を描いた絵画や、神像もあるのですが、普通の人の目に触れることは、ほとんどありません。

4、神道の神々は身近な神々

  神道の神には、キリスト教のゴットやイスラム教のアラー、或いは仏教のブッダ、ユダヤ教のヤーフェといったような、絶対的な力を持った神はおられません。ですから、ある意味、これらの宗教にくらべると、物足りなく感じると思われるかも知れません。
 しかしそのように感じるのは、我々が、いつも他人の家の中ばかり見ていて、他人の家のありようが普通だと思い込んでしまっているからなのです。

5、日本の神々を少し忘れかけた日本人

 実際は、自宅には、他家(ヨーロッパ・中東・インド等の外国)には無い沢山の素敵な神々がいることを知らないのです。
 現在の日本人は、日本の神々のことを少し忘れかけているのです。

 現代の我々は、伝統的な日本の神々を忘れてかけていることさえ忘れてしまっているといえます。 

6、神道は宗教です

 現代の我々日本人は、宗教というと、どうしてもキリスト教を標準の尺度としてしまいます。
ですからキリスト教を標準の尺度とした場合、神道は宗教でないように思われるかも知れません。
しかしそれは宗教を狭く捉えている為で、神道は宗教で、宗教の一つなのです。

7、法律上の神道とは

 今日の日本で、宗教を取り扱う法律は、宗教法人法第二条には、「この法律において「宗教団体」とは、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い及び信者を教化 育成することを主たる目的とする左に掲げる団体をいう」。として、神社、寺院、教会、修道院その他をあげています。

8、神道は宗教法人法で包摂しきれない
 この規定は、確かに寺院、教会、修道院にはあてはまるといえます。しかし神道に当てはまるとはいえないのです。
 なぜなら神道には、教義というものが無いのです。また、神社は教義を広め、信者を教化育成することを主たる目的にしているわけでもありません

9、宗教法人法にそぐわない神道

 つまり煎じ詰めると、神道は、宗教法人法の宗教を規定する三要件(教義・儀式・信者)で満たしているのは儀式という一要件だけということになるのです。
 教義も無く、信者を教化育成するのでもなく、儀式行事を行うことを主たる目的とする宗教団体ということになります。

10、宗教法人法を超越している神道

 そういう点からいえば、神社は宗教法人法に完全には当てはまらない宗教団体ということになってしまいます。
 そこから、果たして神社は宗教法人法にいう宗教団体に該当するのか、という疑問も提起されてくるのです。

11、宗教法人法は教育基本法と同じ発想

 実は、こうした問題が起こるのは、戦後の昭和26年に制定された宗教法人法が、宗教団体を規定するモデルを西欧世界のキリスト教的宗教観に則っている為に、法律として神道を包摂しきれていないからなのです。
 神道は、戦後の宗教法人法がモデルとしたキリスト教や仏教とは違った環境で育まれてきた宗教だということを、宗教法人法の策定者が理解していなっかたということなのです。
神社は教義や信者がいなくても、日本では広く運営・維持されてきたのでした。

12、神道の神々は日本人の背丈に合った神

 神道の神々は、西洋や中東・インド・中国に比べれば小さい神様です。小さな地域の中で小さな神々の日本の歴史であり、文化だったのです。
そしてそうした小さな神々に懐かれて守られて生きてきたのが日本人なのです。日本には沢山の神社が町や村、野や田んぼ、畑、にあり、町の路地裏にまで祠があります。

13、神の国の実態

  つまり、神々が国土の隅々に住まわれています。ですから、こうした状態を「神の国」といっても全然間違いではないのです。
 神々が住んでおられる国だから、神の国なのです。我々は神々の住まわれているこの国に一緒に住まわせてもらっているのです。

14、近代神国思想の弊害

  神々が住まわれているほどの国だから、外国に侵略されれば神が護ってくださる国というのが「神国」という意味だったのです。
 しかし一方でこの語は、独善性も持っていましたから、どんどん深刻な意味にもなりました。
 今日では、「神の国」とでも言おうものなら、選民思想であり、国体思想であり、軍国思想であるということにされてしまいます。

しかし、我々は神の国ではなく、神々の国に住む民族であることを誇りとしましょう。
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